第36回 国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)世界大会にて発表
肌に塗布後のクリーム膜構造に着目、うるおいが続く仕組みの一端を解明
ラメラ構造の変化と保湿持続性の関係から、新たな化粧品設計へ
2026年10月2日
ロート製薬株式会社(本社:大阪市、社長:瀬木英俊)は、2026年9月28日~10月1日にオーストラリアのパースで開催された「第36回 国際化粧品技術者会連盟(The
International Federation of Societies of Cosmetic Chemists:IFSCC)世界大会」において、製剤塗布後のクリーム膜構造と持続的なうるおいの関係に関する研究成果をポスター発表しました。
発表タイトル
The fate of Cosmetic Formulations after Application: From Bulk in Container
to Film on Skin
化粧品製剤の“塗った後”を読み解く -容器内のバルクから肌上の塗膜へ-
発表者
板尾 琴子1、岡 真佐人1、ハ ジヘ1、平 和也1、野依 佐千子1
1:ロート製薬株式会社
※当日発表者:板尾 琴子
発表概要
研究成果のポイント
- 「製剤そのもの」だけでなく「肌に塗った後の製剤」に着目。クリーム膜のナノスケールで起こる構造変化を経時的に捉え、保湿効果の持続性との関係を明らかに。
- 保湿力を読み解く新たな視点として、ラメラ構造中の水分層の「寿命」に着目。塗布後の水分層の経時変化を捉え、その持続性が角層水分量やうるおい実感の持続と対応することを見出した。
- 肌への塗布後に水分が蒸発していく過程を、含水量を段階的に調整したサンプル製剤で再現する簡便な評価モデルを提案。処方開発の段階で、塗布後の保湿持続性を効率的に評価・スクリーニングできる可能性を見出した。
研究の背景
保湿クリームに用いられるαゲルは、水分を保持できるラメラ構造を持ち、高い保湿感や心地よい使用感につながることが知られています。ただし、クリームは肌に塗布された後、水分の蒸発などによって、その構造が徐々に変化していきます。
これまでの構造評価は、製剤そのものを用いて行われてきましたが、肌に塗布した後の構造がどのように変化し、それが保湿効果やうるおいの実感とどう関係するのかは、十分に明らかになっていませんでした。そこで当社は、実際に肌へ塗布した後のクリーム膜を経時的に解析し、膜構造の変化と持続的なうるおいとの関係を検証しました。
また、塗布後の薄いクリーム膜を経時的に解析するには、強力なX線を使用して実験できる大型施設での測定が必要となるなど、日常的な処方開発への活用には課題がありました。そこで、塗布膜で起こる水分蒸発と構造変化を、含水量を調整したサンプル製剤で再現する簡便な評価モデルの構築にも取り組みました。
結果
結果1:X線CTにより、塗膜中の粒子分散状態を三次元的に可視化 ― 従来の顕微鏡観察では捉えにくい構造を評価
化粧品製剤の塗膜をX線CTで観察することで、通常の顕微鏡観察では油滴(粒子)が重なって見えることにより把握が難しい、塗膜内部の粒子の分散状態を三次元的に可視化しました。これにより、塗膜の構造をより実態に近い形で評価することが可能となりました。
今回、リン酸セチルを界面活性剤としたラメラ構造クリーム(CP)およびポリソルベート60を界面活性剤としたラメラ構造クリーム(PS60)を用いて評価したところ、マイクロメートルスケールでは、粒子径が小さく、均一に分散しているCPが、製剤安定性および保湿性能の観点から優位であると予測されました。
図1:塗膜断面におけるX線CT画像の経時変化
<試験方法>
CPおよびPS60を、ポリウレタンシート上にアプリケーターを用いて均一に塗布した。作製した塗膜は、人肌表面温度に近い32℃に設定したヒーター上で静置した。
塗膜の内部構造および粒子分散状態の経時変化は、**3 GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu(ナノテラス)**においてX線CTで観察した。
結果2:ヒトで実感される保湿持続力の差を、塗膜内ラメラ構造の水層厚みの持続性から解明
臨床試験において、CPおよびPS60をそれぞれ肌に塗布したところ、マイクロメートルスケールの粒子分散状態から予測された結果とは異なり、PS60がCPよりも高い保湿持続力を示しました。
図2:ヒト臨床試験における角層水分量の変化試験
<試験方法>
20~60歳の健常女性23名を対象とした被験者盲検無作為化左右比較試験を実施した。
CPと、PS60を、それぞれ被験者の左右の頬に各製剤を1回塗布した。角層水分量は、Corneometer® CM 825(Courage+Khazaka社、ドイツ)を用いて、塗布前および塗布180分後に測定した。
試験実施期間:2026年3月23日~3月27日
実施会社:DERMAPRO Ltd.
次に、実使用を想定した塗膜についてナノメートルスケールの構造を経時的に解析したところ、CPとPS60では、塗膜内に形成されるラメラ構造中の水層の持続性に違いがあることを確認しました。CPでは塗布直後のラメラ構造における水層が厚い一方で、ヒトが実感する高い保湿持続力には、塗布直後の水層の厚さそのものよりも、PS60のように塗布後もその厚みが長時間維持されることが寄与することが示されました。
図3:塗膜中ラメラ構造の水層厚の経時変化と保湿持続力の関係
<試験方法>
CPおよびPS60を、ポリウレタンシート上にアプリケーターを用いて均一に塗布した塗膜を、人肌表面温度に近い32℃に設定したヒーター上で静置し、塗布後0~150分にわたり測定を行った。塗膜中に形成されるラメラ構造の経時変化は、**3 GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu(ナノテラス)**において、SAXS(小角X線散乱)測定により評価した。SAXSピークからラメラ構造の繰り返し周期(ラメラ周期)を求め、そこから脂質層の厚みを差し引くことで、ラメラ構造内の水層の厚みを算出した。CPとPS60について水層の厚みの経時変化を比較し、塗膜のナノメートルスケールの構造変化を評価した。
本研究は、製剤の粒子径や分散状態といった従来のマイクロメートルスケールの評価だけでは捉えきれない保湿持続力を、塗膜内のラメラ構造における水層の経時変化というナノメートルスケールの視点から捉えたものです。容器内の製剤評価や塗布直後の状態では判断できなかった結果だからこそ、実使用時の保湿実感に優れた製品を開発するためには、塗膜内部のナノ構造の変化を評価することが重要であることが明らかになりました。
結果3:塗布後の水分量変化に応じたナノ構造の変化を再現する簡便なモデルを開発 - 効率的な保湿製剤スクリーニングへの応用に期待
化粧品を肌に塗布すると、塗膜の水分量や構造は時間とともに変化します。こうした実使用時のラメラ構造の変化をSAXS(小角X線散乱)で評価するには、高輝度X線施設での測定や、測定中の塗膜調製が必要となる場合があり、日常的な製剤開発への導入には課題がありました。
そこで本研究では、塗布後の水分減少を模擬するため、水分量を段階的に調整したサンプル製剤を用いる簡便な評価モデルを構築しました。SAXSで測定した結果、実際の塗膜で観察されたものと類似したナノメートルスケールの構造変化を確認しました(図3,4)。
図4:水分量を段階的に調整したバルク試料のSAXSプロファイル(新モデルの検証)
<試験方法>
塗布後の塗膜における水分量の変化を簡便に再現するため、製剤の水分量を段階的に調整したバルク試料を作製した。
CPおよびPS60について、調製時の水分量を100%(W100%)とし、水分量を50%(W50%)、25%(W25%)、12.5%(W12.5%)に調整した試料を作製した。
塗膜測定の結果との比較・検証を行うため、各試料のラメラ構造は、**3 GeV高輝度放射光施設 NanoTerasu(ナノテラス)**において、SAXS(小角X線散乱)測定により評価した。
本評価モデルは、塗膜をその場で作製することなく、水分量の異なるバルク試料を測定することで、塗布後の塗膜において生じるナノメートルスケールの構造変化を模擬するものです。今後、研究室に設置可能な低強度のSAXS装置を用いて評価できれば、多様な処方を効率的に比較・選定する製剤スクリーニングへの活用が期待されます。
今後の展望
本研究では、化粧品製剤の、塗布後のナノメートルスケールの経時的な構造変化が、臨床試験で確認された保湿持続性と相関することが明らかとなりました。 また、塗布後の水分蒸発と構造変化を、含水量を調整したサンプル製剤で模擬する簡便な評価モデルを構築しました。
今後は、従来の製剤自体の評価に加え、肌に塗布された後の膜構造まで見据えた製剤設計に本モデルを活用し、より長くうるおいを感じられ、使用感や満足感にも優れたスキンケア製品の開発を目指していきます。
用語説明
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- マイクロメートルスケール
- 1マイクロメートル(μm)は1mmの1,000分の1。乳液やクリームなどの乳化状態を評価する際に、油滴などの乳化粒子を観察するためによく用いられるスケールです。
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- ナノメートルスケール
- 1ナノメートル(nm)は1μmの1,000分の1、つまり1mmの100万分の1。乳化粒子よりもさらに微細な、ラメラ構造などを捉えるスケールです。
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- ラメラ構造
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水分と油分などがミルフィーユのように層状に重なった微細な構造。層と層の間に水分を抱え込むことができ、本研究では、この「水分層」が塗布後にどのように変化するかに着目しました。
- 「Nano Terasu」は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構と一般財団法人 光科学イノベーションセンターの商標です。
IFSCCについて
IFSCC(The International Federation of Societies of Cosmetic Chemists:国際化粧品技術者会連盟)は、化粧品科学・技術の発展と国際的な交流を目的として1959年に設立された国際組織です。現在、世界各国・地域の化粧品技術者会が加盟し、多くの化粧品研究者・技術者等で構成されています。
IFSCCが開催する世界大会(Congress)は、世界各国の化粧品研究者・技術者が一堂に会し、最新の研究成果を発表・議論する場です。世界各国から最先端の研究成果が集まり、化粧品科学の発展を牽引する世界最大級の国際学術大会として位置づけられています。